論文等

(1)水無瀬殿(水無瀬離宮)関係

「後鳥羽上皇や有力廷臣などの武芸と馬場ー水無瀬離宮・上賀茂社を中心にー」, 倉本一宏編『貴族とは何か、武士とは何か』, 思文閣出版, 京都市, 2024年, pp451-456

「日本中世初期の都市構造と気脈や地勢を重視する風水思想との関わりー平清盛の福原・源氏将軍の大倉御所・後鳥羽院の水無瀬離宮-」,吉村美香編『巫・占の異相 東アジアにおける巫・占術の多角的研究』, 志学社 ,市川市 , 2023年, pp177-210

「水無瀬殿(水無瀬離宮)と桜井地域における庭園遺構―離宮前後の桜井宮の問題を含めてー」, 『日本庭園学会誌』35号, 日本庭園学会, 東京都, 2021年, pp.19-43

「後鳥羽上皇の水無瀬離宮(水無瀬殿)の構造と選地設計思想について」, 武田時昌編『天と地の科学 東と西の出会い』, 臨川書店, 京都市, 2021年, pp.349-395

「後鳥羽上皇の水無瀬殿における政務の裁定について」, 『古代文化』第71巻第4号(通巻619号), 古代学協会, 京都市, 2019年, pp.79-90

「水無瀬離宮(水無瀬殿)の空間構成と機能について」, 『京都女子大学宗教・文化研究所 研究紀要』第32号, 京都女子大学宗教・文化研究所, 京都市, 2019年, pp.19-32    ※「http://repo.kyoto-wu.ac.jp/dspace/bitstream/11173/2837/1/0160_032_002.pdf」で公開されています

「後鳥羽上皇の水無瀬離宮(水無瀬殿)の構造と選地設計思想について」, 武田時昌・麥文彪編『天と地の科学  East-west encounter in the science of heaven and earth』, 京都大学人文科学研究所, 京都市, 2019年, pp.349-395 

「水無瀬殿(水無瀬離宮)の都市史ならびに庭園史的意義」, 奈良文化財研究所編『研究論集18 中世庭園の研究―鎌倉・室町時代』, 奈良文化財研究所, 奈良市, 2016年, pp.14-37  水無瀬殿(水無瀬離宮)の都市史ならびに庭園史的意義_2016_奈文研「中世庭園の研究」.pdf

「鎌倉時代における離宮および山荘と庭園」, 白幡洋三郎編『作庭記』と日本の庭』, 思文閣出版, 京都市, 2014年, pp.277-306

「水無瀬殿の総合的研究」, 奈良文化財研究所文化遺産部編『鎌倉時代の庭園―京と東国―』, 奈良文化財研究所 文化遺産部, 奈良市, 2012年, pp.16-28

「復元水無瀬離宮―後鳥羽上皇の庭園都市」, 白幡洋三郎・錦仁・原田信男編『都市歴史博覧―都市文化のなりたち・しくみ・たのしみ―』, 笠間書院, 東京都, 2011年, pp.22-45

(2)喫茶史関係(後鳥羽上皇と『喫茶養生記』の関わりも含めて)

「宋代点茶における茶芽の毛(毛茸)による白色の泡の茶と日本的展開ー茶筅の起源の問題を含めてー」, 大形徹・武田時昌・平岡隆二・高井たかね『京都大学人文科学研究所共同研究報告 東アジア伝 統医療文化の多角的考察 』, 臨川書店, 京都市, 2024年, pp.172-207

「略論宋代点茶湯色的変遷」」, 『農業考古』2020(5), 江西省社会科学院農業考古編輯部, 南昌市, 2020年, pp.27-34※ 曹建南氏に中国語に翻訳していただきました。

「後鳥羽上皇と『喫茶養生記』―宋代喫茶法に関する再検討を含めてー」, 大阪・郵政考古学会編『歴史・民俗・考古学論攷(Ⅰ)』, 郵政考古学会, 大阪市, 2019年, pp.266-281

(3)雅楽・郢曲関係

「ビンササラ(ビンザサラ)の語源について―郢曲「鬢多々良」の問題を含めて―」, 『日本伝統音楽研究』第17号, 京都市芸術大学伝統音楽研究センター, 京都市, 2020年, pp.65-73      ※「https://kcua.repo.nii.ac.jp/record/360/files/ndok1704.pdf」で公開されています。

(4)宮室や京などの都城制関係

「唐大明宮中枢部の変則的構造とその離宮的性格との関わりについて―前殿、周制の三朝制、離宮という観点から―」, 伊東貴之編『東アジアの王権と秩序』, 汲古書院, 東京都, 2021年, pp.207-222

 「唐の宮室の中心的殿舎の多様化と日本の宮室構造との関わりについて」, 中尾芳治編『難波宮と古代都城』, 同成社, 東京都, 2019年, pp.790-800,

「アジアからみた日本の都城」, 川尻秋生編『古代の都城と交通』, 竹林舎, 東京都, 2019年, pp.40-74

「秦漢時代から隋唐時代にかけての宮室における前殿と路寝」, 塚口義信博士古稀記念会『塚口義信博士古稀記念 日本古代学論叢』, 和泉書院, 大阪市, 2016年, pp.115-128

 「後飛鳥岡本宮・飛鳥浄御原宮の建設思想についての考察―「前殿」の制度との関わりを中心に」, 日本書紀研究会編『日本書紀研究』第29冊, 塙書房, 東京都, 2013年, pp.185-208

「礼制からみた日本古代宮室中枢部の変遷について―周制の三朝制、明堂、唐制、洛陽の視点から―」, 林博通先生退任記念論集刊行会編『林博通先生退任記念論集』, サンライズ出版, 彦根市, 2011年, pp.129-136

「中国における都城モデルの変遷と日本の都城」, 研究代表者桃木至朗「中・近世ベトナムにおける権力拠点の空間的構成」, 2008年度ー2010年度科学研究費補助金、基盤研究(B) 研究成果報告, 大阪大学文学研究科(責任編集桃木至朗), 豊中市, 2010年, pp.171-187

「QUA TRINH THAY DOI MO HINH DO THANH O TRUNG QUOC VA DO THANH NHAT BAN CO DAI」, 『PHAT TRIEN BEN VUNG THU DO HA NOI VAN HIEN, ANH HUNG, VI HOA BINH HOI THAO KHOA HOC QUOC TE』, NHA XUAT BAN DAI HOC QUOC GIA HA NOI, HA NOI, 2010年, pp.344-361
「中国都城のモデルと日本の都城」, タンロン1000年記念事業指導国家委員会編『文明的 英雄的 平和のための首都ハノイの持続的発展ー国際会議』, ハノイ国家大学出版会, ハノイ市, 2010年 )      ※ファン・レー・フイ氏にベトナム語に翻訳していただきました。

「中国における都城の概念の変化と日本の宮都」, 王維坤、宇野隆夫編『古代東アジア交流の総合的研究』, 国際日本文化研究センター, 京都市, 2008年, pp.19-66

「藤原京の宮域と周制の王城(國)との関わりについて」, 『古代文化』第59-2, 古代学協会, 京都市, 2007年, pp.21-37

「石清水八幡宮所蔵「異朝明堂指圖記」と阮諶「周室王城宗廟明堂圖」, 皇學館大学史料編纂所報『史料』第208号, 皇學館大学史料編纂所, 伊勢市, 2007年, pp.1-8

「前期難波宮の小柱穴について」, 『日本書紀研究』第27冊, 塙書房, 東京都, 2006年, pp.107-133

「中国における都市城壁の問題についてー南北朝時代から隋唐時代の宮都を中心として」, 『郵政考古紀要』第33号(通巻第42冊), 大阪郵政考古学会, 大阪市, 2003年, pp.38-73

「隋唐代における「都城」の概念の変化について―日本の宮都との関係を含めて」, 『条里制・古代都市研究』第18, 条里制・古代都市研究会, 2002年, pp.171-185

 「前期難波宮と「周制」の三朝制について」, 『ヒストリア』第173号, 大阪歴史学会, 吹田市, 2001年, pp.124-150

「中国都城制に関する一考察―「宮」・「城」・「郭」という言葉を中心に―」, 網干善教先生古稀記念会編『網干善教先生古稀記念考古学論集』, 網干善教先生古稀記念会, 吹田市, 1998年, pp.1389-1403